MPB オマージュ ブラジル 誕生秘話

#14 VENDEDOR DE SONHOS / FERNANDO BRANT

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2010年に初めてブラジルを訪れてからは、Bossa NovaだけでなくMPBやSamba、更には日本であまり知られていない北東部の音楽や最新ヒット曲まで聴くようになっていた。日本で売られているブラジル音楽に関する書籍や某評論家たちのブログやコラムを読み漁っていたので、サンパウロで本格的に生活することになった2014年には、ブラジル音楽の知識(頭的な部分のみ)はあった方だと思う。しかし、そこには落とし穴があった。「良い」と評価されるものを聴いていた頃は、ポルトガル語が全くできなかったため、曲の雰囲気で好みを判断したいたのだ。
忘れもしない2014年10月、当時サンパウロ在住であった音楽家青木カナさんに声をかけてもらい、初めてブラジル人ミュージシャン達とツアーに出たときのことだ。長いバス移動の中で、隣に座ったドラマーに私のスマートフォンに入っている音楽プレイリストを見せてほしいと言われた。リストを見た彼は、深く関心していて、私も嬉しくなった。そして同じように彼のプレイリストを見せてもらったときに驚いた。知らないアーティストの名前ばっかりだったのだ。そして彼が自分のお気に入りとして聴かせてくれたのだが、Raul Seixasだった。その頃の私は、ブラジルのリズムが全面的に出ている曲がブラジルらしさだと勘違いしていたため、あまり私の好みではないと正直に答えてしまった。すると、「君は歌詞がわからないからだよ。Raul Seixasは歌詞がいいんだ!わかるようになれば絶対に気に入るよ!」と言われてしまった。

前置きが長くなってしまったが、ブラジル人は歌詞を非常に重要視していると思う。最近のヒットチャートに並ぶ曲は、だいたいが男女の恋模様を描いていて、「ブラジル音楽は死んだ」なんて言う人がいる程だが、未だに“Letristas”という言葉を耳にすることは多い。
Letristaとは、歌詞(Letra)を書く人を示す。
ブラジルの代表的な作詞家と言えば、Vinicius de Moraes、Paulo Cesar Pinheiro、Aldir Blanc…等、ここには書ききれない。
そして忘れてはならないLetristaの一人がFernando Brantである。
Fernandoの名前は残念ながら日本ではあまり知られていないが、あのMilton Nascimentoの代表作であり、世界的にも数多くのアーティストにカヴァーされた“Travessia”の作詞家である。

(写真 MiltonとFernando) http://www.ubc.org.br/publicacoes/noticias/5720より引用

Fernando Brantは1946年10月9日、ミナスジェライス州南部のカルダスに生まれた。カルダスはミナスの首都のベロオリゾンチよりもサンパウロ市寄りに位置する小さな街である。10歳の時に家族と共にベロオリゾンチに引っ越した。
規律の厳しい小学校で勉強し、青年期は本に夢中になり、毎日のように図書館に通っていた。いくつかの本は暗記していた程だそうだ。同時に政治や映画に興味を持ち、法律を勉強する。とある夜、彼らの運命、そしてのちにブラジル音楽の歴史を変えることになる出来事が起こる。Márcio Borges、そしてMilton Nascimentoとの出会いである。
彼らはすぐに意気投合し、バーをはしごして朝まで語り合う仲になったのだ。
既に音楽活動をしていたMiltonは、1965年にサンパウロを拠点に移したが、その後も15日ごとに8時間以上バスに揺られてはFernandoとMárcioと顔を合わせていた。
Miltonは歌手として大成功していたElis Reginaのために曲を書き、その悲しげな曲に詩をつけてほしいとFernandoに頼む。しかし、Fernandoは「とんでもない!歌詞なんて一度も書いたことがない。」と一度は断ったが、Miltonは諦めなかった。「別れや旅立ち、新たな道をテーマにするのはどうか。」と提案をし、Fernandoはとうとう親友の頼みを受け入れることにしたのだった。
そして完成した“Travessia”は1967年10月リオデジャネイロに開催されたFestival Internacional da Canção(国際歌謡フェスティバル)に応募された。以前読んだ坂尾英矩先生の著書で「Miltonは引っ込み思案で、誰かが彼の作品をフェスティバルに応募した。」と書かれていたので、MiltonもFernandoも控えめな青年だったのかもしれない。惜しくも優勝は逃したが、見事に2位に輝き、Miltonは演奏部門の最高位を受賞した。何よりも、この曲は世界的に評価され、英訳“Bridges”としてもカヴァーされたため、Miltonはブラジルを越えて有名になったのである。

その後、FernandoとMiltonはMárcio Borgesと弟のLô Borges、Beto Guedes、Toninho Horta、Wagner Tisoらと1960年の終わりにClube da Esquinaの活動を始め、1972年に同名のアルバムをリリースし、一つのムーブメントとなる。
Fernandoは作詞家、そして作曲家として活動し始め、Miltonとは約200曲の共作を残した。
Fernandoはジャーナリスト、コラムニストとしても活動しており、晩年はベロオリゾンチに戻り静かに暮らしていたそうだ。甥で音楽家であるRobertinho BrantがFernandoの活動50周年を祝ってトリビュートアルバムを作成することを提案。Fernando自身も当初はプロジェクトに参加していたが、2015年に肝臓の移植手術による影響により68歳で帰らぬ人となった。彼が埋葬される際には“Travessia”が歌われたそうだ。
アルバムは5年の歳月をかけて2019年に完成。Robertinhoは普段ベロオリゾンチで活動しているため、録音をお願いするリオやサンパウロのアーティストたちの信用を得るのにはじめは苦労したそうだが、2枚組20曲というボリューム以上に興味深い作品となった。参加ミュージシャンはClube da Esquinaのメンバーはもちろん、Fernandoが生前にお願いしていた親友のJoyce、そして彼の憧れであったDori Caymmi、そしてMônica Salmaso、Zé Renato、DjavanやSeu Jorge等ブラジルを代表する歌手、知名度はなくてもRobertinhoが信頼を寄せる素晴らしいアーティストばかりである。
今日はタイトルとなった“O vendedor de Sonhos”、直訳すると“夢の売り子”を紹介する。実はこの曲名は“Travessia”に付けられるはずだったのだが、最終的に、Fernandoは自身が好きな作家João Guimarães Rosaの著書“Grande Sertão: Veredas”の最後の言葉である「Travessia」に置き換えたのだった。“Grande Sertão: Veredas”はブラジルのバイーアとミナス周辺の干ばつ地帯が舞台となったブラジルを代表する文学作品である。
時が経ってからFernandoはもちろんMiltonと共に“O vendedor de Sonhos”を作り出したのだった。このエピソードはRobertinhoがインタビューで話している。

Letristaへのオマージュとされるこの作品は、彼の甥によって実現し、発表後に多くファンを喜ばせた。Robertinhoは「20曲に絞るのが非常に難しかったため、今後もトリビュート作品の制作を続けていく。」と約束した。確かに、Canção da AméricaやMaria, Mariaが入っていないので、ぜひ続けてほしい。
同じくインタビューで「Clube da Esquinaには1枚のアルバムを作り上げるという情熱があった。選曲からアルバムのジャケット選びまで、非常に慎重に行っていた。」と話していたが、その情熱が見事に受け継がれ、曲順からジャケットまで非常に洗練されている。個人的にここ数年のお気に入りアルバムの仲間入りとなった。

【アルバム】VENDEDOR DE SONHOS (2019)
作詞 : Fernando Brant
作曲 : Milton Nascimento
プロデューサー : Robertinho Brant
録音 : Intérprete: Flávio Venturini、Marina Machado他クレジット表記なし
【参考】
https://www.em.com.br/app/noticia/gerais/2015/06/12/interna_gerais,657744/fernando-brant-morre-em-belo-horizonte.shtml
https://www.em.com.br/app/noticia/gerais/2015/06/13/interna_gerais,657790/fernando-brant-termina-a-travessia.shtml
https://biscoitofino.com.br/produto/vendedor-de-sonhos%EF%BB%BF/#descricao
https://www.youtube.com/watch?v=hhP-zdrsdgo
http://www.ubc.org.br/publicacoes/noticias/5720

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